横浜地方裁判所 昭和42年(借チ)19号 決定
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〔決定理由〕一 本件申立の要旨は、
「別紙目録記載の借地(本件借地)については藤沢市の都市計画に基づいた区画整理により仮換地の指定があり、その位置は、藤沢駅前南口広場から放射線上に拡がつて設置される道路のうち、巾員一八米の川名線に接面し、広場に直接沿接する角地の隣地であるところ、広場に沿接して既に高層ビルも建築され、将来は一帯にビル化するものと予想される。しかるに、旧借地上に現存する申立人所有建物は、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅兼店舗、建坪二七平方米二七(二階坪同じ)であつて、一階は靴店、二階は居宅としていずれも自己使用中であるが、仮換地の面積は旧地が五九平方米五であつたのが三三平方米〇五に縮小される関係上、仮換地上に居宅兼店舗建物を建てる場合、建蔽率の点から木造建築では建坪が現存建物より狭小になるので、重量鉄骨の建物にしてできるだけ建坪を確保するとともに、高層化して三階建に新築せざるを得ない。なお、附近一帯は既に数年前から防火地域の指定がある。以上の理由から、本件借地条件のうち、土地使用目的を堅固の建物の所有のためと変更する必要があるところ、相手方は、本件借地を坪単価一〇〇万円で買取るよう要求して右条件の変更に応じない。よつて、借地法第八条の二第一項の規定により、右のとおり借地条件の変更の裁判を求める。」というにある。
二 これに対する答弁の要旨は、
「申立人の主張する要旨事実は争わないが、本件借地契約における当事者間には次に述べる事情により信頼関係が全く消滅しているのみでなく、地上建物も朽廃に近く、賃貸借残存期間内に完全に朽廃に帰することが明白であるので、相手方としては、借地関係の自然消滅を希望する次第である。しかるに、かえつて借地関係の永続化を認めるに等しい堅固の建物の新築をゆるすよう借地条件の変更を求める申立は、棄却されるべきである。
本件借地契約は、紛争のあつた申立人と相手方との間に昭和二六年一一月七日横浜地方裁判所における裁判上の和解によつて成立したものであるが、申立人はその直後相手方の制止を無視して総二階を増築する暴挙に出たため、隣人同志の関係上、相手方の感情を刺戟し、相手方は和解による約定地代を受領するすることを第一回目から拒絶し続け、申立人はこれを供託し続けて今日に及んでいる。約一〇年前に、相手方は事態解決のため申立人に対し、坪当り月額一〇円の約定地代を坪当り月額六〇円に増額の請求をしたが、申立人は依然として坪当り月額一〇円の割合により供託を続けて来ている次第で、今や両者の間に継続的法律関係に必要な相互信頼関係は全くない。」というにある。
三 よつて審案するに、
1 先ず、両者の間に借地関係継続に必要な相互信頼関係が消滅し去つていると見るべきか、なお存続していると見るべきかを判断するため、申立人および相手方の各審問の結果を綜合してみると、昭和二六年一一月七日裁判上の和解により本件借地関係が成立した直後、申立人が平屋建の木造家屋に総二階を造築したが、相手方の居住家屋と隣家の関係にあり、工事のため相手方居住家屋の屋根の上を足場に利用しながら工事についての諒解を求めようとしなかつたことから、もともと紛争のあつた者同志が裁判上の和解をした直後のこととて、極度に相手方の感情を刺戟し、相手方はそのため第一回の地代から受領を拒絶し続けけ、申立人はこれを供託し続けて今日に及んでいること、当時和解による約定地代坪当り月額一〇円が時日の経過とともに不当に低額化し、昭和三一年頃両者の間に地代増額の話が出たが、額につき合意に達せず、申立人は依然当初のままに供託を続け、このことが益々相手方の感情を悪化させたこと、従つて両者の間には地主と借地人との間における通常の円満健全な信頼感情は存在していないこと、以上の事実が認められる。
ところで、このような信頼感情に支配される関係は、いわば主観的、感情的信頼関係というべきもので、借地関係の存続のための理想ではあつても、法律上の必要要件ではない。法律上借地関係の存続に必要な信頼関係とは、当事者の主観、感情を一応離れて、社会通念上客観的、社会的に認識し評価されるべきものである。このような考え方に立つて判断すると、相手方としては、不信感情とは別に、提供された地代をとにかく受領すればよいのであり、また地代増額についても請求権行使の法的行動に出るべきであるのに、このような態度に出ず借地関係の存続するままに放任しておつたのであり、他方、申立人は、申立人に対する審問の結果によると、仮換地上への移転を機に本件申請手続を通して適正な地代増額と妥当な金銭給付とを承認しようとしており、よつて以て借地関係の存続を希望していることが認められ、双方における以上の事実からみて、借地関係の法律上有効な存続維持に必要とされるべき相互信頼関係はなお客観的、社会的には消滅し去つていないものというべきである。
従つて、本件借地条件の変更申請は、その前提たる借地関係を存続せしめるべき信頼関係が失われているから失当である、とする相手方の答弁は採用しない。
2 次に、地上建物が朽廃に近く、賃貸借残存期間内に朽廃に帰すること明白であるような借地関係を、堅築固築建物の新築をゆるすことによつて永続させる結果となるのは失当である、という相手方答弁について判断し同時に本件借地条件変更を相当とするかどうかを判断する。
<証拠>によると、本件借地については、藤沢市の都市計画に基づいた区画整理により仮換地の指定があり、その位置は、藤沢駅前南口広場から放射線状に拡がつて設置される道路のうち、巾員一八米の川名線に接面し、広場に沿接する角地の直ぐ隣地で、右角地には鉄筋コンクリート建の中高層ビルが完成しているが、本件仮換地に接続して右道路に接面する各建物はいずれも現在のところ木造二階建であること、附近一帯は防災街区の指定を受けており、また駅前広場周辺として堅固な中高層不燃建物の建築が必然的に促進され、高度の商業地区となるべきことが予想されること、本件借地五九平方米五の地上に現存する申立人所有建物は、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居住兼店舗で、建坪は二七平方米二七(二階坪同じ)で、朽廃してしまつているわけではなく、一階は靴店、二階は居宅としてなお自己使用中であるところ、仮換地は三三平方米〇五に縮小されるため、仮換地を建物新築敷地として最高度に効果的に利用するためには、重量鉄骨三階建物の新築を断行し、建物の立体化を図る他ないこと、申立人は、新築建物の一階を店舗、二階と三階を住居に使用することによつて敷地の高度利用を図りまた環境の開発されるに伴う将来の商業発展に備えようと計画していること、本件借地関係における賃貸借期間は、昭和二六年一一月七日以降三〇年と約定されており、従つてなお一二年半が残存していること、以上の事実が認められる。
以上に認められるところを綜合し、鑑定委員会の意見を参酌して判断すると、申立人所有の現存木造建物が果して朽廃に近いものか否かを問わず、本件仮換地上に申立人の計画する堅固の建物を新築することは相当であつて、しかも、残存賃貸借期間がなお一二年半を存する現在、都市計画に基づく区画整理という公共的原因によつて仮換地上に移転せざるを得ない公共的事情に際会したのであつてみれば、現存建物が既に朽廃に帰し借地権が法律上消滅しているのでない以上、移転を機として右堅固の建物の新築をゆるすように借地条件を変更することは相当である。近い将来に自然消滅の予想される借地権であるのに、逆に強化して永続させるような借地条件の変更はゆるすべきでない、という相手方の答弁は、かえつて本件においては具体的妥当を欠く。
3 しかしながら、本件借地条件変更に当り申立人と相手方との間の平衡を図らなければならないことは勿論であつて、以上1および2に認定した全事実に鑑み、また鑑定委員会の意見およびこれに対する当事者双方の各意見をも参酌して、当裁判所は、附随処分として、本件借地関係中、他の借地条件である賃貸期間を昭和二六年一一月七日以降六〇年、地代を昭和四四年五月一日以降月額三、五〇〇円(周辺環境の開発発展等の事情の変更に伴い今後の変更はゆるされる)と変更し、併せて申立人から相手方に対する金八〇万円の金銭給付を相当と判定する(借地法第八条の二第三項)。
申立人提出の昭和四四年一月二九日付準備書面末尾添付の資料によると、昭和四三年一二月現在、本件仮換地に連接している数箇の借地の地代が、坪当り月額五〇円ないし一〇〇円であると、当該各借地人が証明する旨の記載があるが、本件と同じ区画整理に伴うていずれも旧地の各借地関係がその各借地条件が旧態のままで変更されずに経過していることもあり得ることであり、本件と同じく、右各地代は変更を相当としているやも図られず、よつて右資料をもつて本件における上叙の判定を左右するに足る資料と速断することはできない。(立岡安正)
借地条件目録
一 目的土地
旧地 藤沢市藤沢三八九番二
同所三八九番五
同所三九〇番二 の一部五九平方米五。
仮換地
藤沢市計画藤沢駅南部地区八六ブロック②のうち西北一部三三平方米〇五(一〇坪)。
二 当事者
賃貸人木村シゲ、賃借人古川弥三郎。
三 契約締結の日、契約の種別、契約書。
昭和二六年一一月七日、土地賃貸借、和解調書。
四 契約の目的
木造その他非堅固建物の所有。
五 存続期間
昭和二六年一一月七日より向う三〇年
六 約定地代
坪当り月額一〇円。 以上